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三位一体説の誤りについて

 現在の正統派教会と呼ばれるカトリックや正教会、プロテスタント諸派などは、全てこの「三位一体説」を採っています。ですから主イエシュアを信じようとする者は、当然のようにこの「三位一体説」を正しいものと容易に受け入れてしまいます。一方、この「三位一体説」を採らない「エホバの証人」や「末日聖徒イエス・キリスト教会」などは、正統派教会から一方的に異端と決め付けられ、その信徒も異端者と見なされているのが現状です。

 ところで、あなたは今まで聖書を読み進める中で、少しでもこの「三位一体説」に疑問を感じた事はありませんか。何かこじつけのような、何処か無理があるような、そんな感じを抱いた事はありませんか。この疑問を解き明かすには、聖書を読み込むよりもむしろキリスト教の成立過程について歴史的な部分を勉強する必要があります。

 主イエシュアご自身はユダヤ人でしたから、当然彼も敬虔なユダヤ教徒でした。そして主イエシュアが福音宣教の中で父と崇めたのは、当然ユダヤ教に言う所の唯一の神ヤハウェだった訳です。主イエシュアがエルサレムの神殿に入った時、そこが余りにも信仰からかけ離れた場所になっていた為、彼は「わたしの父の家を商売の家としてはならない。」(ヨハネ2:16)と非常にお怒りになりました。主イエシュアは神のことを「わたしの父」と呼び、自らが神の子である事を証しされました。そして神殿の境内で説教されていた時も、「わたしは自分勝手に来たのではない。わたしをお遣わしになった方は真実であるが、あなたたちはその方を知らない。わたしはその方を知っている。わたしはその方のもとから来た者であり、その方がわたしをお遣わしになったのである。」(ヨハネ7:28-29)と、自分が神によって遣わされた者であると明言されました。

 主イエシュアは、当時のユダヤの民の信仰が神の御心にそぐわなくなっていた為、神に代わって彼らに悔い改めを求めました。主イエシュアは神に代わり、神の言葉を話し、神の御業を行いました。しかし、ユダヤの民はその一部を除き、主イエシュアを神の御子とは認めず、あろう事か十字架にかけ死に至らしめたのです。神はこの事に非常にお怒りになりました。これ以降、神がもはやユダヤの民を庇護しなくなったのは当然の事です。

 聖書を読む限りにおいて、主イエシュアが神によって遣わされた”神のひとり子”である事は非常に明確です。この事は、主イエシュアご自身も自ら証ししており、疑いようのない事実です。なのに何故、神とキリストと聖霊が同格であり「三にして一」なる神だなどと、こじつけとしか思えない説を唱えるのでしょう。プロテスタントの急進派などは、「キリストは、神が姿を変えて人間として生まれて来て下さった方だ。」とまで言っています。キリストは何時から神そのものになってしまったのでしょうか。

 では、いよいよキリスト教成立の歴史について見て行きましょう。主イエシュアの死後、主の復活を経て原始キリスト教が誕生しました。主の復活後、散り散りになっていた使徒達が再びエルサレムに集まり、聖母マリアを中心として成立した初代エルサレム教会の信仰は、飽くまでもユダヤ教の一会派のような性質のものでした。ユダヤ教ナザレ派と呼ばれた初代エルサレム共同体は、主の弟ヤコブを長老として、敬虔なユダヤ教徒の集まりに他なりませんでした。彼らの多くは、神殿での主イエシュアの説教を直接聞いており、主の教えから外れるような事は決してなかったと思われます。

 一方、アンティオキアに早期に成立した共同体は異邦人を中心としており、彼らの多くは、主イエシュアの福音宣教の旅での奇跡を目の当たりにしてキリストを信じた者や、それを人から聞いて信徒になった者達だったのです。”神ありき”のエルサレム教会と、”キリストありき”のアンティオキア教会とが、キリスト教成立の歴史の中での双璧となり、そこにパウロも加わって、互いに牽制し合い混迷を呈する事となるのです。

 エルサレム教会は、その後二度に渡るユダヤ戦役の為、壊滅的な打撃を受けます。信徒は散り散りになり、”神ありき”の信仰は次第に姿を消して行きます。一方、異邦人を中心とした”キリストありき”の教会は、小アジアやギリシア、ローマ、アレクサンドリアなどに次々と生まれ、信徒を急速に増やして行きます。そこにパウロの唱える”贖罪論”や”終末思想”などが加わり、本末転倒の新たなキリスト教が誕生して行くのです。キリストの位格が上げられ、次第に神と同等となり、終には神そのものとなったのが、他ならぬ「三位一体説」である訳です。

 現在の「三位一体説」に落ち着くまでには、他にも色々な教理・主張が唱えられましたが、その都度正統派教会から異端と宣告され、迫害の憂き目に遭って来ました。キリスト教成立の歴史は、正に迫害と殺戮の繰り返しと言えます。主イエシュアの教えの根幹は”神への敬虔な信仰”と”隣人愛”であったと言うのに、これは一体どうした事でしょうか。